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最新機種緊急レポFMR,PanacomM,8bit機(月刊ASCII 1987年12月号6) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

最新機種緊急レポートからFMR,PanacomM,他8bit機をスクラップする。

富士通FMR-70HD
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何度も書いてるが35年前はバックパネルの写真も大事だった。
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MS-DOSの時代は起動後このようなメニュー画面を表示させて使わせていた。コマンドの投入を嫌がる人が多かった。
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これも何度も書いたが、ソフトは機種ごとに移植する必要があった。
メモリ関係の記事が読んでいて面白かったのでスクラップする。
ハードウェア詳細

 図1にFMR-70HDのハードウェア構成を示す.構成としてはFMR-60HDと同一で,CPUのみ変更されている.
 とはいっても,80386を16MHzノーウエイト(正確には,メモリリード時にノーウェイトで,メモリライト時には1ウェイトとなっている,先月号の記事ではノーウェイトと記述したが,ここで訂正するとともにおわびしたい)で動かすには,メモリやバスなどに改良が加えられているはずである.
 ノーウェイト動作させるために,メモリを「インターリーブ」で動作させていると富士通では説明している.通常,CPUはアドレスを指定してからメモリの値が出力されるまでの時間(アクセスタイム)と,メモリアクセスと次回のアクセスとの間に最低限空けなくてはいけない時間(サイクルタイム)の2つのメモリ性能によって,その動作速度が制限される.現状のメモリでは,アクセスタイムに関しては十分な余裕があり,サイクルタイムのみが問題となる.そこで,奇数アドレスと偶数アドレスで違うメモリチップが選択されるようにし,連続するメモリアクセス時のサイクルタイムを小さくすることで,ノーウェイト動作を実現している(このため,FMR-70HDでは従来の拡張RAMカードが使用できない).メモリに書き込む場合には,読みだす場合に比べて、かなりの時間が必要になる.このため,メモリライト時にのみ1ウェイトを挿入している.通常のCPUの動作を考えると,命令フェッチによるメモリリードが大半を占め,この場合には,ほとんど奇数,偶数アドレスが交互にアクセスされることになる.このため,リードのみノーウェイトとしても1ウェイト動作しているものに比べ格段の速度改善となる.
 PC-9801シリーズでは,VXからインターリーブが採用されている(これも偶数アドレス,奇数アドレスで違うメモリチップが選択される方式だ).現状を考えると,そろそろインターリーブによる速度改善は限界の感がある.20MHzの80386を使うマシンでは,キャッシュメモリが採用されるのではないだろうか.
 なお,80386のアクセスできる物理メモリ空間(ネイティブモード時)は,4Gbytesであるが,FMR-70HDでは最大10Mbytesとなっている.これは,2つしかスロットがないことと,RAMカードの容量が最大で4Mbytesしかないことによるものだ.ちなみに,4MbitDRAMを使い4Gbytesにするには,
4Gbytes=4096Mbytes
 =1024×4Mbytes
 =1024×8×4Mbit
 =8192×4Mbit
つまり,8196個のデバイスが必要になる.現在の技術では,FMR-70HDの庭体にこれだけのメモリを詰めることはできないが,32bitマシンが主流になる数年後には,0.5~1Gbytes程度の実装ができるようになるのではないだろうか.その頃には,仮想記憶やマルチタスクのOSが主流となり,現状のようにメモリの量によってソフトウェアが動く動かないといったレベルではなく,メモリ実装量によりシステム自体の性能が左右されることになるだろう.
今も昔も高速化には律速段階になっているメモリのアクセスをどうにかしなければならなかった。技術者の工夫を読むと面白い。
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80386,0S,そして……

 気になるライバル機,PC-98XL2との勝負だが,本原稿執筆段階では,まだ同マシンを入手することができず,テストすることができなかった.XL2は1ウェイト動作との情報もあるが,実物の到着と詳しい情報を待って評価することにしたい.CPUそのものの動作速度の他に,2つのマシンのアーキテクチャの違い,たとえばGDCとACRTCの違いなどについても調べたいところだ。
 なお,松下もデータショーで、80386試作機を展示していたが,これもFMR70HDとほぼ同等の構成となる予定で,来年春頃には発表される見通し、海外では,Compagが20MHzの80386を使ったマシンを発表している.80386はインテルのみが製造しているので,安定供給されるまでに時間がかかりそうだが,いずれ国内でも20MHz版のマシンが登場するであろう.
 OS/2あるいはWINDOWS386を使った80386マシンは、その機能などから,従来のマシンと一線を画すことになる.ハードウェアとして登場したばかりの80386マシンだが,基本ソフトウェアが登場することで,本格的な32bit時代の始まりが訪れるといっていいだろう.
ライバル機,PC-98XL2との勝負だというが、残念ながら80386ではお互い勝負にはならず残念だった。80486になってWindows95になってやっと使い物になってきた。この使い物というのは初心者がDOSでコマンドを投入しなくてもやりたいことができる環境になったということを示す。職場でパソコンで仕事をさせるときDOSでMENUを作り使わせた時代からマウスクリックで仕事をさせられるのは大きかった。こと細かに教えられなくても仕事ができる環境。そのとき使い物になるCPUは80486だった。80386では遅い、力不足だった。

富士通のFM-Rの互換機である松下電器のPanacomMシリーズ
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松下のPanacomMシリーズのまとめ部分をスクラップする。
 松下は,発売と同時にMS-WINDOWS(Ver.1.03)を提供する予定(富士通は未提供)であり,WINDOWSのVer.2.0に関しても松下で移植が進んでいるとの情報もあり、来年には登場するものと考えられる.これらの画像処理を中心とした周辺装置を見ると,AV機能を強調し富士通とは独自の路線を歩もうとする松下の戦略が窺われる。
35年前は、Windowsを自社マシンに移植するんだ。OSのバグが複数あったのではないかと疑う。MicroSoftでバグを残し、移植した日本でバグを追加し、そのような製品を使わされていたからWindowsは良く落ちたのではないか。いやあ、本当Windowsのアプリを使っていたときは頻繁にセーブしていたものだ。途中で落ちて午前中の仕事が失われたときは悲しくて悲しくて正規ユーザーなのになぜこんな目に遭わなくてはいけないのか。情けなかった。こういう経験があり、コピーユーザに対しては悪意を持っていなかった。そうだよこんなユーザを悲しませるソフトはいわば不完全品なのだからコピーして使われて当然。そして、このソフト使えねぇと嘆くがいい。こんな根性曲がりになっていった。

8bit機の記事をスクラップする。
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PC-8801MA
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X1turbo ZII
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X1twin
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FM77AV40EX
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8bit機のまとめ部分をスクラップする。
今後の8ビットマシンはどうなるか

 以上紹介したこの秋の8ビットのニューマシンは,基本性能の向上に加えて,細かい部分の使いやすさを補うためのハードウェア,ソフトウェアの改良にも配慮がなされている.さらに,コストパフォーマンスが着実に向上していることは,価格を見れば明白だ.
 これらの8ビットの新機種は,すべて従来の機種と上位互換を保っている.また,従来の機種に対しては、オプションのボードを用意することでグレードアップできるように配慮されている.MSX2と16ビットマシンの間でシェアを維持し,さらに拡大していくには,これまでのソフトウェア資産を有効に利用しなければならず,その上で機能を強化することになる.8ビットCPUの限界がどこにあるのか,現状ではまだ明確に線を引けないということもあり,今後これらの機種がどの方向に進んでいくのか,非常に興味深いところである.
互換性の部分は、同意できなかった。安い機械なら複数台持てるはずだ。(Macは高すぎて持てなかったけど)だから互換性は重要視していなかった。だいたい性能が向上した新機種に対応したソフトがあまり無く8bitの新型機には魅力を感じられなかった。


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最新機種緊急レポPC-9801UX,PC-286他(月刊ASCII 1987年12月号5) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

最新機種緊急レポートからPC-9801UX,PC-286U,J-3100SLをスクラップする。
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PC-9801UX21/41
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35年前はパソコンの正面だけではなく背面パネルまで記事になった。

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PC-9801UXは相変わらずCPUを2個積んでいた。それも互換性維持のためという名目で低性能のCPUを積んでいた。今では考えられないことだ。価格はHDDなしで34万8000円という結構高価だった。

PC-9801シリーズと互換性のないPC-98LT
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CPUがV50だったとは覚えていなかった。価格は23万8000円で結構高かったのではないか。
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おしゃれな写真であるが、この当時はノートパソコンというべきものではなく、トランスポータブルパソコンというレベルであった。
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ハードディスクはこのような形で通常はパソコンの横(下でもいいが、上に置いている人はいなかったのではないだろうか)価格は20Mbytesで21万8000円もした。
PC-9801UX21 の部分のまとめをスクラップする。
 今回の発表は、ホビー層を中心としたマシンを、従来のUシリーズとVXシリーズの間に位置するマシンに引き上げ、今後のOS/2などのプロテクトモードを利用するソフトウェアや,さらに高速な処理に対応するといった狙いが感じられる.UXは,UVの純粋な後継機ではなく,新たなシリーズなのである。つまり,ホビーマシンにも80286があっておかしくない時代が来たといっていいだろう.16bitCPUが登場した頃には,「ホビーマシンにそんなCPUはいらない」といった意見もあったが,現実はそうでなかった.PC-9801シリーズやシャープのX68000が示すように,ホビーマシンでも16bitCPUを使う時代なのである.この理論でいけば,80386マシンが主流となるころには,PC-9801UX2といったマシンが登場してもおかしくないだろう。
へーえ。「ホビーマシンにそんなCPUはいらない」という意見があったとは。ホビーの定義をどう捉えているかは不明だが、趣味で使っていても35年前CPUには不満があった。とにかく遅かった。ブアーなゲームならそれでもいいかもしれないが、コンピュータは趣味であっても速度は命だったと思う。

エプソンのPC-286V,PC-286U
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PC-286Uの記事のまとめ部分をスクラップする。
PC-2860ハードディスク内蔵可能な小型マシン

 PC-286Uは,PC-9801UVに対応する互換マシンである.
(中略)  CPU(V30,動作クロック10MHz)をノーウェイトで動作させている点もあるが、マシンの性格的な違いは、2個の内部拡張スロットとハードディスクを内蔵できる点にあるように思う.
 PC-9801UVでは、外部拡張スロットが2個しか用意されていなかったために,RAMディスク用のメモリボードを入れた上で,ハードディスクI/Fやモデムボードを入れたりすると,他にボードを入れることができなかった.
 ところが、PC-286Uでは、内部拡張スロットに2Mbytesのメモリボード(現在のところ未発売であるが)を2枚装着しても、外部拡張スロット2個を温存できる(もっとも,ハードディスクを内蔵した場合には、内部スロットのうち1つが使われる).
(中略)  PC-286は、ハードディスク内蔵可能でありながらPC-9801UV21とほぼ同じサイズとなっている(PC-286U:390(W)×356(D)×88(H),PC-9801UV21:398(W)×335(D)×87(H)mm).
 すなわち,PC-286Uは,PC-9801UV21の互換マシンであるとともに,非常に現実的なマシン環境を意識した別のコンセプトを併せ持つマシンと言えるだろう。
基本的にPC-286シリーズはPC-98互換機なのだから本家より良いところがなければ選んでもらえない。一番は価格だろう。次には性能か。記事にある内部拡張性がどれほど本家に対しアドバンテージがあったのか疑問だった。パソコンを趣味でやっている仲間たちは本体外部にHDDを繋げることに不満はなく、逆に拡張したものが見える形になっていることの方が楽しかった。

東芝のJ-3100SLについてスクラップする
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J-3100SLも背面の写真が載っていた。
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STN液晶。これでも見やすかったのだ。
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ラップトップパソコンは側面の写真も載せる価値があった。
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J-3100SLはフロッピーディスクのみなら29万8000円と安くなった。プラズマディスプレイモデルのJ-3100GTは49万8000円もしたから買いやすくなった。知人の話では仕事で使うのならプラズマディスプレイの方が客先ではプロが持つにふさわしく思われ良かったそうである。
個人をターゲットにした価格帯

 このSLシリーズは、価格的に個人購入が可能なものであり、事実,東芝も有力量販店や家電部門の販売ルートにも流すと発表している。つまり、ホビイストや個人経営者といった層をターゲットとしているのである.
 パーソナルコンピュータとして見れば、ラップトップマシンは、従来のデスクトップマシン並のスペックを持ち、本格的な使用にも十分耐えうるものになってきている.SLシリーズは、そういった中で,低価格化による普及を狙ったマシンである。
 現在,高機能で大きなLCDを持ったポータブルワープロ専用機の標準価格が20万円前後という状態だが、このSLシリーズの価格はそれにいっそう近づいた感がある。単にワープロだけではあきたらなくなったユーザーにとって,このクラスのマシンは魅力的に見えはしないだろうか?
このまとめは、正鵠を得ていた。どうなんかなと思えるまとめがあるなかでこれは良かった。





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業界その他(月刊ASCII 1987年12月号4) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

ASCII EXPRESS から業界、その他の記事をスクラップする。

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AX協議会、いよいよ発進
~当初19社がPC/AT日本語統一仕様の普及に参加~
16bitマシンはPC-9801一色になったところにまあ敗者連合とでもいったらいいか市場を確保できなかったメーカーが連合した。しかし、発足時に富士通、日立、松下が参加していなかったのはどうしたことか。結局PC-9801の独占を阻んだのはDOS/Vマシンだった。AXではできなかった。

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日立、TRON仕様の32bitMPUを出荷
私はガラパゴスと揶揄されようが日本独自仕様のパソコンがあってもよいと思っていた。製品段階でのシェアよりもCPUとかRAMの半導体レベルで世界最先端の技術を持ち製品メーカーの首根っこを押さえるのがいいと思っていた。

ASCII1987(12)b05凸版カラーホログラム_W502.jpg
凸版印刷、カラーホログラム作成技術を開発
理解できないが、世界初の技術だそうだ。35年前日本は世界初の技術を開発できる国だった。

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モデムの一般家庭向け販売が急増
やっとパソコン通信をする人たちが増えてきた。初期は、パソコンマニアが通信という新技術に興味を示し、試してみたのだが、このころからパソコンは詳しくないが、通信をしてみたい。ネットでコミュニケーションをとり交友を深めたいという人たちが増えてきた。

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東芝、32bitラップトップ機を米で生産へ
国内ではJ3100、米国ではT3100が好調だったところへ32bitマシンのT5100を米国で生産するという計画。東芝はPC-9801が専有する国内ではなく米国で力を発揮していた。

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キヤノンがPostScriptコンパチPDLで米社と業務提携
レーザーショットのキヤノンが業務提携したのはPDL(page Description Language)、PPCS(Phoenix PagePrinter Controller Software)に興味を示したからか。PostScriptじゃダメだったのか?この提携どうなったのか。

ASCII1987(12)b11IBMソフト複製逮捕_W502.jpg
IBMのソフト複製で業者逮捕
IBMのソフトというところが分かる。PC-9801なら業者からコピーを買わずともユーザー間でコピーソフトの交換が行われていたからPC-9801のコピーソフトを扱う業者が少なかったのか、それとも業者を摘発してもユーザー間でコピーが広がっていたので効果がないことを分かったのか。IBMの業務用ソフトなら数が少ないので業者を頼りにしていたのだろう。

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教育用のパソコンの一本化不成功
通産省は教育用パソコンのOSをMS-DOSではなくB-TRONにしようとしていたのか。なんちゅうこっちゃ。なにしてんだ通産省は。

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「宇宙飛行士になるための本」が刊行
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2021年12月20日(月)から2022年3月4日(金)まで宇宙飛行士候補者を募集している。コンピュータの発展速度と比べると宇宙開発はなかなか進みが遅い。

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ワープロその他ハード(月刊ASCII 1987年12月号3) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

ASCII EXPRESS から ワープロとその他のハードをスクラップする。
ワープロはまだまだ売れていたようで新製品が次々と発表されていた。

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シャープ、日本語ワープロなどを発売
ファミリー書院WD-40/45で価格は3万8000円

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日電、文豪miniシリーズに3機種を投入
文豪mini5Hのモデムボード内蔵モデルが14万8000円
同5HAが14万8000円
同7Hのファクシミリ機能内蔵モデルが27万8000円
文豪3VIIが24万8000円 特徴のAI機能により文体のチェックが可能
35年前のAI機能って……

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富士通、OASYSシリーズ2機種を発売
OASYS 30SFの価格は22万8000円
Lite F・ROM10の価格は12万8000円

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ブラザーがカード型データベースを搭載した日本語ワープロを発売
ピコワード5100の価格は13万円。月産5000台を予定。

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リコーが携帯型日本語ワープロシステムを発売
システムだそうでワープロのMJ550が4万円、ハンディ複写機MC50が6万5000円、熱転写プリンタが3万5000円
売りがCPUに16bitを採用って、こんなのが売りになったのか?

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松下電器がイメージスキャナを標準装備した低価格の日本語ワープロを発売
FW-K102の価格は11万円、月産2万台予定。ブラザーのピコワードが月産5000台を予定だから結構強気なのか、それともブラザーは売る気がなかったのか。とにかく、35年前のワープロの市場規模が想像できる数字だ。

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日本モトローラがMC68030の受注を開始
沢山売れて欲しかった。

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松下、BS受信回路内蔵テレビを発売
TH-29BS1の価格は33万円。水平解像度は560本。35年前はこんなもんだった。

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ランドコンピュータが低価格の20MbyitesHDDを発売
LDP-521が9万8000円。私が初めて買ったHDDが40Mbytesだからこの当時はまだFDDで頑張っていた。

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I・Oデータがキャッシュ&RAMディスクなどを発売
4Mbytesのバッファメモリボード PIO-9634A が15万8000円。高かった。

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シャープ、電話番号を記憶する電卓を発売
PA-170で価格は3500円
カタカナで名前を入れて電話番号を記憶できるのがすごかったのかな。

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立石電機が6種類の読み取り方式を持つハンディスキャナを発売
HS10Rの価格は4万9800円。これ買った。プログラムを作ってRS-232Cで利用していた。

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パソコン・ソフト(月刊ASCII 1987年12月号2) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

ASCII EXPRESS からパソコン(MSX2からオフィスマシンまで)とソフトウェアの記事をスクラップする。

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三菱電機がパソコン通信用のMSX2を2機種発売
ML-TS2が6万5000円
ML-TS2Hが7万5000円
パソコンを持っていないがパソコン通信をしたいという知人にMSX2マシンを勧めて環境を整えに行ったことがあったが、さすがにこんなマシンは選択肢になかった。

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松下電器が高機能・低価格のMSX2を2機種発売
FS-A1MK2が2万9800円(月産3000台)
FS-A1Fが5万4800円(月産2000台)

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セイコーエプソンが98UV互換のラップトップを発売
PC-286L
STD-Sモデルが31万8000円
STD-Nモデルが34万8000円
H10モデルが46万8000円
初年度2万台の販売予定
趣味のパソコン仲間内ではエプソンの互換機の評判が良かった。PC-286Lも買った人がいた。結構使えるなという感想だった。

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キヤノンがOA機器を一体化した80286マシンを発表
~電話機、ファックス、日本語ワープロなどを統合~
キヤノン パーソナルスーパーステーション NAVI 価格は59万8000円で月産5000台予定
こういう一体型のマシンはどこか一つ故障するともう面倒だし、各部の使いまわしができないこともデメリットだった。業務用だろうが何年も使うときこういうマシンを選ばない方がいい。

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ソードがMC68020を搭載した32bitマシンを発売
価格はFuture32モデル1 が79万8000円
同モデル2が 89万8000円
同モデル6が 119万8000円
このマシンの用途は何を想定していたのだろうか。OSがCP/M68Kというのが微妙だった。

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ワング、AT完全互換マシンを発売
ワング・コンピュータは知らない。AT「完全」互換とはなんぞや?エプソンのPC-286じゃあるまいし、普通AT互換機は完全互換じゃなかったか?
価格は80286マシンが75万4000円
80386マシンが146万6000円

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富士通、オフィスプロセッサを大幅機能強化
FACOMって大型コンピューターのブランド名だと思ってたが、そうではなかった。
オフィスプロセッサというものがあった。まあ、名前を付けるのは自由だけど。
価格はFACOM K-10R が132万円
FACOM K-310Rが3220万円

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日本IBM、システム/36ファミリーに1機種追加
大型コンピューターといえばビッグブルーことIBMだ。日本IBMは汎用小型コンピューター・システムと言っていた。汎用小型コンピューター・システム/36ファミリーに36ESを追加で価格は266万円から。

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マップジャパンがファクシミリ・エミュレータを発売
MF-9800というソフトでPC-9801で作ったファイルの印刷をFAXを通じて相手側に送るというWindowsの時代になってからは当たり前で、今の時代では不要のソフトになったが、48万円もした。

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SATTがキーボードトレーニングソフトを発売
よくあるソフト価格は1万8000円。一応スクラップする。

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神津システム、BASIC/98の対応機種を追加
価格は3万9800円
当時から分からなかったのがこういったBASICの存在意義。誰が使うのか?素人ならバンドルされているN-88BASICを使えばいいだろう。プロならBASICなんて使うなよ。Cとかコンパイラを使えよ。アマチュアでもCくらい使えるぞ。3万8000円も出してBASICを買いたいと思うのが分からなかった。

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米国Microsoft社がWindows用EXCELを発売
MS-DOSの時代は1-2-3がスプレッドシート市場の圧倒的勝者だった。WindowsでEXCELが使い物になるようになったのはWindows95からだった。それもパソコンメーカーがWindows95にWordとExcelをバンドルした商品を発売するようになってからだった。最初のうちは一太郎と1-2-3をバンドルしたものも買えるように2系統用意していたが、パソコンを使ったことがない人は一太郎と1-2-3を使わなければならない理由がなくWordとExcelをバンドルした製品を買う人が多く、市場はWordとExcelに支配されていった。

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三省堂と凸版印刷がCD-ROM版六法を開発
やっとCD-ROMソフトが発売されるようになってきた。しかし業務用だと思われる。予定価格が10万前後は業務用だろう。






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パソコン広告(月刊ASCII 1987年12月号1) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

もう一度読み返し、スクラップする。
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裏表紙に 南野陽子 が登場した。機械の写真はFM77AV40EXだった。

12月号の広告から、まず表紙見返し。
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PC-9801UX21とPC-98LTの広告。3.5インチFDD搭載機推しがうざい。

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PC-88VAの広告のイメージキャラクター斉藤由貴が前号より大きくなった。パソコン本体よりもアイドルのほうが気になる。

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NECのモデムの広告は小沢なつきが大部分を占めている。まあ、モデムでは絵にならないからこれもありか。だが、小沢なつき?微妙なアイドルだった。

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シャープのMZ-2861は前号の使いまわし。

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シャープのX68000の広告が大人しくなった。前号までのようにインパクトがあるツタンカーメンが隅っこに行った。

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シャープのX1turboZは前号の使いまわし。

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この号2回目の登場はX68000。周辺機器の広告だった。

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富士通のFM77AV40には南野陽子をイメージキャラクターに起用した。NECを意識していたのが感じられる。

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富士通のFMRシリーズは沢山のソフトウェアを羅列した広告だった。イメージキャラクターだった荻野目慶子が外された。

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キヤノンのレーザーショット。職場に導入されたときは嬉しかった。

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キヤノン販売のMacの広告は前号の使いまわし。

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松下電器のパソコンはパナソニックコンピュータM500/M700だった。パソコンではなくパナソニックコンピュータと言っていた。どういう意味合いなのかは不明。80286(12MHz)を積んでいたMS-DOSパソコン。ディスプレイは1120×750で漢字は24×24ドットだからNECのPC-98XL相当か。
価格はCV-M500FDが360,000円.。CV-M500HDが580,000円
CV-M700FDが450,000円。CV-M700HDが690,000円で妥当なところだった。
15インチのディスプレイが M500用で110,000円。M700用で225,000円でこれは高い。
キーボードが30,000円だった。バカにしているのかと罵倒したくなるような高価格だった。

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ソニーのUNIXマシンNEWS。

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「ソフトが待っていた」エプソンの98互換機PC-286。

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左頁がエプソンのA4サイズのワープロ WORD BANK-Note。価格は69,800円。エプソンはこういった小型マシンが得意だった。

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左頁がシーゲイトのHDDの広告。この先HDDメーカーがいくつも登場したが、生き残っているのはシーゲイト、ウエスタンデジタル、東芝といったとこのだけだ。初見の広告だったので記念にスクラップする。

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左頁がアイワのモデムの広告。2400bpsで49,800円もした。
右頁がICMのHDDの広告。20MBで125,000円もした。

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右頁がサスケの広告で前号の使いまわし。

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毎月おしゃれな一太郎の広告。

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花子の広告もおしゃれだった。

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裏表紙裏のFUJI FILMのフロッピーディスクの広告は前号の使いまわし。

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相変わらずつまらないへたくそマンガを載せているログインの広告
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行ってみてきた中国、編集部から(月刊ASCII 1987年11月号14) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

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この号のTBNには中国の記事があった。35年前の中国実に興味深い。スクラップする。
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 読者の皆さん,入社以来苦節4年半,不肖私ついに海外出張に行ってきました.行き先は近くて遠い国(月並!),お隣りは中国の北京です。出張の目的は,9月8日~13日に開催された中国で最初の通信・パーソナルコンピュータ関連のショウ,"テレコンプチャイ+'87"の取材と,中国のパーソナルコンピュ-タを取り巻く状況の視察です.ショウの詳細についてはP.135のEXPRESSを見ていただくとして,ここでは実際にこの目で見てきた北京の街,パソコンショップや書店などの様子を紹介しましょう.
 今回は往復の航空機とホテルだけツアーを利用して,あとはまったくの自由行動,ASCIIからの参加は、僕の他に藤井出版局長と広告営業部の増形氏の計3名.9月9日~12日の3泊4日間にはいろいろな出来事,失敗談などもあったけど、それはまた別のお話.普通の旅行記の類は他の人にまかせて,パソコンを中心においかけてみましょう.
 はじめにお断りしておきますが,今回は通訳なし,筆談とカタコトの英語だけがたより(事前の不勉強に加え,会話集のカタカナの発音はまず通じません).ものごとの上つらしか見ていなかったり,あるいは単純な誤解が含まれている可能性もありますが、どうかご容赦ください。
まだパソコン業界を制覇する前の中国だ。当時、まさか現在のようになるとは思っていなかった。日本の技術力が世界をリードし続けると思っていた。
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北京の大地は黄色かった
 北京市の面積は約1万7800万平方キロ(四国の面積にほぼ同じ),人口は約930万人,市街地では、とにかく人と自転車の多さが目につきました。
 今回は残念ながらあまり自然を見ることはできませんでしたが,遠くから見た山の形は明らかに日本のものとは違っていて、水墨画風?また大地も黄色くて,乾いていてほこりっぽい気がしました.
 中国の人々はみな背筋がピンとのびて姿勢がよく、表情も(観光客相手のみやげもの屋などをのぞけば)いきいきしています.また,体格もよく、あまり太った人はみかけません.顔付きだけならば日本人と見分けのつかないような人もたくさんいますが,髪型や服装などからなんとなく日本人,中国人,香港の人,華僑らしい人などと,イメージがわかるような気がします.
 中国は1978年の開放以来,ものすごい速さで変化しているようです。はっきりした根拠はないのですが,日本で買った今春発行された最新のガイドブックの情報も,実際にその場に行ってみるとどんどん古くなっていました.だからといって、古いものがすべてなくなってしまったのではなく、いたるところに古いものと新しいものとが混在しています.市の中心部には故宮を始めとして遺跡や古い建物などが多く残っていますが,新築の外資系高層ホテルも目立ちます.ちょっと中心部を外れると,建築中の20階を越えるアパートの隣りには、昔からのレンガ作りの平屋の民家や露店の市場が並んでいるという具合です.道路の上にはボルボやシトロエン,ランドクルーザーにまじって,昔懐かしいボンネットトラックや中国製の“上海”が走りまわり,さらに膨大な数の自転車と,時には荷馬車も加わります。その上,自転車はほとんど信号を気にかけないのですから,大事故が起こらないのが不思議なくらいです.
 僕らの目には混乱と映っても,実は調和がとれているのかもしれませんね.
 ともかく建物の工事はやたらに多く,そこら中が工事だらけです.
記事に書かれているとおりこの当時の中国は日本と比べ20~30年遅れているような感じだった。このあと猛烈な速度で開発が進んでいくとは中国は眠れる獅子だった。
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北京の秋葉原
 MIA発行の「中国パソコンの旅」によれば,市街の北西部の北京大学や清華大学の近く,中関村路と海淀路の交叉するあたりは,電子部品やパソコンなどを扱う店が集まった“北京の秋葉原”だそうです.この情報を出発前に入手した我々は,ショウの取材を終るとまずそこへと向かいました.
 北京の秋葉原は日本のそれのようにごちゃごちゃしたところではなく,自転車や車がのんびりと行き来する4車線ほどの道路の両側に,電気関係に限らずいろいろな店が並んでいます。パソコンショップやパーツショップの数もそれほど多くなく,数軒程度のようです.
 最初に見つけたのは、中国科学院計算所新技術出?(達筆で読めませんでした)展公司.どうやらIBMの代理店のショフレームらしく、中にはIBM PC/XT,ATが十数台並び,若者達がてんでにさわっていました「ひょっとしたら講習を受けていたのかもしれません).製品の販売はしていないということでしたが,参考のためにIBM PCとカラーディスプレイのシステムの価格をうかがうとおよそ2万5000元(1元は約40円)という答えが返ってきました。中国の人の平均月収は60~100元程度ときいていますので,やよりパソコンは個人が買える代物ではないようです。
 続いて、窓に描かれた“80287"の文字をたよりに飛び込んだのはパーツショップ.パソコン本体に扱っていないものの,メモリやI/0を始めとする各種のボード,生ディスケット,CPUやメモリチップなどを扱っています。品有えは決して豊富ではありませんが,一通りのものに手に入ります.Z80は21元,8087は1027元,なんと80287は2100元でした。生ディスケットは,マクセルの5インチ2HDが10枚34元,3.5インチ2HDは35元でした。その他,カンバンにもカシオの文字が見えるように,カシオの時計やキーボードなども展示,販売していました.
 もう1軒のパーツショップでは,なぜかチップの入ったショウケースの中に,電源やプリンタリボンなどと共に電気掃除機が並んでいたのにはおどろきました.ただ,この店では“日本から来た"と言ったとたんにお店の方の表情が堅くなり,写真もとらせてもらえませんでした。やはり,中国と日本の関係にはまだ,むずかしいものがあるようです.
 最後にたずねたのは,今回訪問した中でも一番大きかった中国科学技術院技術産品東方営業斤電脳部.広さも,他の店のおよそ2倍ほどもあったでしょうか,品揃えも結構豊富でしたが,やはり主力はIBMPCとそのコンパチ機のようです.ただこの店には日本製のパソコンが売られていて、懐かしいPC8001mkIIの新品に出会うことができました.その他の製品としては、はやくもPS/2のModel60(6万5000元)や同50(5万5000元)が売られていたのには驚きました。ココム違反にはならないのでしょうか.ちなみに,うわさの中国製PCコンパチ“長城”には,最後まで出会うことはできませんでしたが,10MHzの8086を搭載した香港製らしいSuper PCというコンパチ機は1万2000元で売られていました.
 また,ここではソフトや書籍(マニュアル)も扱っていました.ソフトはCやFORTRAN,PASCALといった言語やデータベース,スプレッドシートなど,日本でもおなじみのものが並んでいましたが,ディスクはすべてコピーしたもののようでした。ちなみに,dBASEIIIplusの価格は500元マニュアルの類は付属ではなく、書籍として販売されている中国語ものを別に求めて利用するシステムで,価格は5~20元程度です.
 この店でものすごく親切に相手をしていただいたので,つい長居をしてしまいました.店を出る時にふと下をみると,なんとタライに入った金魚を売っていたのには,本当におどろきでした.
 時間の都合もあって,すべてのショップを見てまわることはできませんでしたが,目にしたパソコンはIBM PCとそのコンパチ機ばかりでした.ただし,ショウの会場に展示してあったような,中国語化されたものは見当たらなかったようです.当然,その要求は強いはずなのですが…….ただ,ハードディスクやストリーマといった大容量の外部記憶装置もたくさん展示されていました.また,中国製のチップを探してみたのですが,見当たりませんでした.
 もうひとつおもしろかったのは,我々が身振り手振りを交えてお店の人とコミュニケーションし始めると,すぐに人だかりがしてしまうということです.このあたりには観光客があまりこないためでしょうか.中国では労働者は2交替,3交替が普通だそうで,そのせいか昼間でも暇そうな人を見かけます.そういう人々が集まってきて、なんとか助けてくれようとしたり,やじうまになったりするのです.
価格とかみると中国でパソコンを趣味でやるなんてとんでもないことだと。これなら一般には普及しないだろう。したがって、私が、パソコン関係の業界に日本に追いつくなんてないだろうと思っていたのも仕方がないことだと思う。
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さて、この次は?
 続いては,市の中心部にある大商店街の話をする予定でしたが,残念ながら誌面が尽きてしまいました.お許しをいただいて,この続きは次号でお話ししたいと思います.なお,読者の皆さんへのプレゼントとして,少々おみやげを持ってきました。詳しくはP.270の今月のプレゼントをごらんください.再見.
(吉田)


写真をみると今の中国がいかに凄いかわかる。中国の人口を示し中国が巨大市場だと西側にアピールして自らは先進国ではなく発展途上国であると長い間言って油断させ、それにまんまと乗った西側がバカなのだ。今は、金で発展途上国を植民地化(昔香港、マカオで中国がされた長期貸借権設定)するということをしている。私は、35年前、現在のような状況を全く想像できなかった。中国をバカにしていた。

編集部からが我が意を得たりだったのでスクラップする。
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システムのバランスを見る

 先月号でも予告したとおり,9月にはデータショウをターゲットとした新製品の発表が相次いだ。その詳細は本誌の特集で述べたが,いずれにせよ,80386マシン,互換機,ラップトップという3つがキーワードだったと言えるだろう.なかには,東芝が海外で発表したT5100のように,AT互換,386,ラップトップと,これらのキーワードを集約したようなマシンまである.
 ところで最近,「32ビットマシンの登場がパソコン界に与えるインパクトは何ですか」という取材を受けた.しかし、僕自身,インパクトと言えるほど大きな衝撃は受けていない.先にも書いたように,32ビットは今回のキーワードの一つである.とはいえ,これらは米国で,昨年から今年の前半にかけて具体化しており,今回は,単にその状況を追いかけただけ,とも言えるのである.
 32ビットマシンの登場に何の意味もないのかといえば,もちろんそんな事はない.ハードウェアの高性能化は,短期的にもユーザーにとってプラスだし,今回のようなCPUの基本的な処理能力の向上は、最終的には,パーソナルコンピュータのイメージそのものの変化までもたらすものと思われる.ただ,気になることがあるとすれば,それは、米国に比べ,国内でのハードディスクの普及が,いま一つであるということだろう.
 かつてオーディオ少年であった頃よく言われたのは,システム全体のバランスが重要だということだアンプ,プレイヤー,スピーカーのどれか一つだけを高級品に置き換えても,ほかとのバランスが合わなければ,効果が出ないばかりか,ほかのユニットの粗が目立ってしまうというのである.
 これをパーソナルコンピュータに置き換えてみると,CPU,OS,補助記憶,ディスプレイ,プリンタといったユニットの総合的なバランスが重要だということになる.多くの読者も気づいていることではあろうが,老婆一心であえて言わせてもらえば,16ビットマシンをフロッピーベースで使っている方なら,32ビットに目を向ける前に,ハードディスクを考慮するのも悪くはないはずだ.
 最近のラジカセやコンポステレオの音を聞いても,バランスが重要だということに納得がいくそうした意味では,いよいよ低価格化するハードディスクの動向も,32ビットマシンと同様に,気になるところだろう.
(土田米一)

私は286マシンの次は486マシンを買った。386マシンはバイパスした。記事にあるように286マシンにHDDを接続して使っていた。最初はウィンテクの40Mbytes、次がTEXAの 100Mbytes。ハードディスクがないマシンなんて使えないと思っていた。

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Gary Kildallインタビュー(月刊ASCII 1987年11月号13) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

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たまにあるインタビュー記事がいい。かなり言い過ぎの面もあるが宝物といってもいいかもしれない。
この号はデジタルリサーチのゲイリー・キルドールのインタビューだった。8bitでくたばれBASICと言っていた私は、CP/MでOSというものを学んだ。Editor でプログラムを書いて、アセンブラでアセンブルして、リンカーでリンクしてオブジェクトを作る。この手間が楽しかった。そういった楽しみを与えてくれたゲイリー・キルドールのインタビューを記事を発見した記念にスクラップする。

あおり文をスクラップする。
 1971年11月,Intel社がElectronic News誌に最初のマイクロプロセッサ4004を公開してから,16年が経過した.その間,マイクロプロセッサは8bitから16bitを経て、今や32bitの世界に突入している。
 パーソナルコンピュータの使用環境も,簡単なモニタプログラムからCP/M,MS-DOSへと変化し,UNIXさえも動くようになるなど,目まぐるしく進歩してきた.急速に拡大しつつあるパーソナルコンピュータ業界にあって,Gary Kildallは,Bill Gatesと並んで常に業界を一歩リードしてきた.
 彼は,CP/Mの開発者として有名だが,現在はDigital Research社の会長職をこなすかたわら、パーソナルコンピュータ関係のテレビ番組にレギュラー出演するなど多忙な日々をおくっている.そして最近は、CD-ROMのソフト開発を目的としたKnowledgeset社*1を設立するなど,新たな動きが注目されている.
 Digital Research社の本拠地モンタレー市は高級保養地として知られ,毎年夏に行われるジャズ音楽祭でも有名である.筆者の住むサン・ジョゼからは,自動車で約1時間,ハイウェイ17号線を南に走り,サンタ・クルーズで1号線に乗り換えると,まもなくモンタレー市に着く.松の林にかこまれた丘の中腹にある同社の建物は,シリコンバレーにあるような軽薄なティルトアップ工法のオフィスとは異なり,巨大な山荘風のデザインだ同じ敷地内にあるKnowledgeset社のコンファレンスルームで待っていると、ラフな格好をしたGary Kildall氏が現れた.
*1 Knowledgeset社: Gary Kildallが3年前に設立したCD-ROMのオーサリング/製作会社, Grolier社の百科事典のCD-ROM版に搭載されているKRS (Knowledgeset Retrieval System)は,同社が開発した検索専用ソフト.膨大な情報の中から,目的の単語を短時間で検索できる.

DigitalResearch社を創業して11年
Q:アスキーは今年で10周年を迎えましたが,Digital Research社を創業されたのはいつ頃ですか?」
G:DigitalResearch社も去年の12月でちょうど10年を迎えたところです.アスキーとほぼ同じですね.
Q:Digital Research社を創業してから,様々なことがあったと思いますが,特に印象に残っていることは何ですか?
G:10年やってきて、大きな分岐点がいくつかありました.システムプログラマとして働いていた頃には,学校での経験がとても大きかったと思います.私は,当時,バローズ社のB5500というマシンを使っていましたが,そのOSやプログラミング言語にとても関心がありました.優秀なマシンだったからです.もっとも影響を受けたのは、ミニコンピュータや大型コンピュータです.それらで動作するソフトを,もっと小さなマシンに対応させようと考えたのが事の起こりです.1970年の終わり頃から,われわれは,リアルタイム/マルチタスク/マルチユーザーのOSの開発に取り組んでいました.そして,ミニコンピュータに要求されるようなレベルのOSや言語を作ろうとしていました。
Q:初期には,Intel社のISIS・OS用*2にPLMを作りましたね。そして,それが同社の戦略言語になっていく……
G:そうです.1973年頃だったかな.当時は、PDP10のタイムシェアリングシステム上でプログラムを書いていました.そのPLMがIntel社の手でISIS上にポーテイングされたわけです.PLMは,カリフフォルニア大学サンタクルーズ校で開発されたXPLと呼ばれる言語に影響を受けています。
Q:現在,80386をターゲットにしたOSが各社で開発されていますが,Digital Research社では80386について,どのような戦略,あるいはOSを考えていますか?
G:現在のところ,80386で走るOSは2つ開発しています.1つはコンカレンートDOS386で,もう1つはFLEXです.FLEXは,80386のプロテクトモードで走り,C言語もサポートしています.30ms程度のレスポンスタイムでリアルタイムに動作します。だから,どちらかと言うとインダストリアル・コントロール用OSですね。
 これに対して,コンカレントDOS386は、MS-DOSコンパチブルであるうえに、マルチユーザー/マルチタスク機能を持たせています.そして,LIM-EMS*3もサポートしています.LIM-EMSは,Lotus,Intel,Microsoftの拡張メモリ仕様のことです.
Q:将来的には、どういうOSあるいは環境を作っていくつもりですか?
G:FLEXなどは,かなり新しい環境を提供しているので,今のところは次のステップに移る考えはありません.1984年に,FLEXはIBM PCのコントロール用OSとしてインプリメントされています.セーフウェイストア(西海岸を中心にしたスーパーマーケットチェーン)にいけば実物が見られますよ.キャッシュレジスタとしてね.その業界では,かなり好調に売れています.
*2 1SIS・OS: PDP10上で動作するタイムシェアリングOS.
*3 LIM-EMS: Lotus, Intel, Microsoft社のバンク切り換え方式による拡張メモリの規格,最大8Mbytesまでの拡張メモリを16Kbytesのページ単位で扱うことが可能.IBM PC用の規格としては一般的になっているが,最近ではPC-9800 シリーズ用のEMSソフトも開発されている.
FLEX OS あったような記憶がするが、全く関心が無かった。趣味のパソコンユーザには浸透しなかった。インタビューの初めにあったASCIIが10周年を迎えたという前振り必要だったか?いらんだろう。
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CD-ROMに必要なのはHypertextのコンセプト
Q:最近は,Knowledgeset社に専念されているようですが,CD-ROM分野では,どのような戦略を展開していくお考えですか。
G:Knowledgeset社の基本的なアイデアは、オプチカルパブリッシングビジネスです。その手始めとして,2年前にGrolier社の百科事典のディスクを作ったわけです。
 それ以後は,テクニカルなドキュメンテーションの分野に的を絞りつつあります.テクニカルドキュメンテーションは膨大で,現在,マイクロフィルムからのリプレイスが必要になってきています.つまり,マイクロフィルムをCDROMに置き換えるわけです.現在われわれが作っているディスクは、ほとんどが,こうした置き換えです.
 置き換えの際の全体的なアイデアは,Ted Nelsonが提唱したHypertext*4のコンセプトに従っています.御存じのとおり,HypertextやHypergraphicsというものは、データへのアクセスを非常に簡略化します.ただ画面上の点をマウスなどでクリックするだけで望みのデータを引き出せます。
Q:予備知識のない人が巨大なデータを操作するときには,Hypertextのようなコンセプトを用いる必要があるということですが,他に何かアイデアをお持ちですか?
G:いくつか考えなければいけないことがあります.ただ単に、画面上の言葉を指してナビゲートするだけではだめです.他にもいろいろな要素が含まれているわけですから、データの内容はどんなものであるか,どの種の情報を取り扱おうとしているのか,といったことを把握しなければなりません.それを明らかにしなければ,テクニカルなドキュメントを取り扱うことは不可能です.
 重要な点は、素早く応答でき,操作性が良くなければならないということです.単なるテキストサーチやグラフィックス・サーチみたいなものでも,マイクロフィルムの操作に匹敵するものでなければなりません.たぶんブックマークのようなものが,その手助けになるかもしれません.
 われわれのシステムでは,それをExpert Viewと呼んでいます.Expert Viewは,見ている情報に関連するドキュメントが何かを知らせるようなものです.Expert Viewを用いると,任意のテキストを取り出して,後でワードプロセッサで簡単に処理できます.テクニカルドキュメンテーションには,非常に効果的な機能でしよう。
Q:そのシステムは,シアトルのCD-ROMコンファレンスで公開したGEMベースのシステムですね.
G:そうです。われわれは,単なる電子-百科事典からテキストとグラフィックスを組み合わせたテクニカルドキュメンテーションの分野に移行しつつあります.HypertextやHypergraphicsのコンセプトは,こうした分野では非常に大切なものになるでしょう.
Q:テキストデータやグラフィックスデデータを再構成するのは,大変な労力でしよう?
G:はい.最大の問題は,膨大な量のスキャンデータがあって,それらを何らかの方法で圧縮した形にしなければならないことです。スキャンされただけのデータは多量のディスクスペースを必要とします.そこで,われわれはグラフィックスをベクトル化してディスクスペースを-小さくするテクニックを開発しています。
Q:PC-WORLD誌上でのAlan KayやTom Lopezとの討論の中で,あなたはCD-Iについてコメントしていますね.小規模な企業にとってCD-Iをやるには金がかかりすぎるだろうと,現在,数社がCD-I用オーサリングシステムの開発をしていますが,どうお考えですか?」
*4 Hypertext: Ted Nelsonが1970年代に提唱したコンセプトで、テキストや - グラフィックスなどから構成される非連続な構造体のこと、構造体内のどの要素に対しても,新たな構造体が追加できる柔軟なシステムが基本になっている。代表的なソフトとしては, Apple社のHyperCardがある(本誌169ページ参照).

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CD-lは,まだリスキーなビジネス
G:CD-IとCD-ROMを比べた場合,小規模な企業にとって重要な問題は資金です.まず第1に,CD-Iディスクは、ただ単にディスク上にデータを配置する以上のことをやらなければなりません.本質的には,映画を作るようなものです.
 まずストーリーボードを作る必要性が出てくるし,それから各種のキャラクターを作る才能も必要になってきます.私の知る限り,本質的にはかなり高価な映画を作るのに匹敵します。例えば,平均レベルのビデオを作ろうとしたら,たぶん10万ドルか20万ドル,あるいはそれ以上かかると思いますね.CD-Iも同じくらい必要でしょう.
 第2に,CD-Iを作るには膨大な量のスチルフレームを処理する必要があるし,サウンドの質という点でも多くのことを片づけなければいけません.元のデータを準備するだけでも高くつきます.オーサリングシステムについては、私の知る限り,研究所やごく限られたところにしかないはずです.したがって,Knowledgeset社は、CD-ROMに投資したほうが得策だと結論したのです.CD-ROMは、はっきりした市場が存在していますからね.その上,オリジナルデータのコストもCD-Iに比べるとはるかに安いのです.データは,磁気テープの形で存在していることが多く,複雑な処理をする必要はありません.
 ビジネスという観点から見た場合,少ないコストで,すでに存在している市場に売ることができるわけです.現時点では,CD-Iは大企業のビジネスではないでしょうか。
 ただ,私は決してCD-Iがだめだと言っているわけではありません.将来的には見通しは明るいと思います.今がビッグチャンスかもしれません.
CD-ROMならまだしも、CD-Iってなんだ?ゲーム機に搭載された?私は多分使ったことがない。このようにダメだったものが沢山あったのがパソコン関係の歴史だ。前にも使ったが、死屍累々というのがパソコンの歴史にはピッタリの言葉だ。
DVlは,標準仕様の策定がカギ
Q:GE/RCAのDVI*5についてはどうでしょうか?
G:DVIは,CD-ROMの1つの方向として非常に成功するかもしれません.リアルタイムビデオのプレゼンテーション用としてね.プレイ時間が60分間あることや,CD-ROMの通常の回転速度で利用できることなど,強みはたくさんあります。画質は,テレビほど良くないにしても,見るに耐えないというほどではありません.
 だから,オブジェクトオリエンテッドなグラフィックスなどに適していると思いますよ.しかし,DVIの最大の強みは、はっきりと定義されたシステムではないという点でしょう.CD-Iのようなプレーヤーである必要もないし、完全なシステムである必要もない.いろいろ使い方ができるわけです.その逆に,問題点としては,標準がないこと、好き勝手にできる代わりに,収拾がつかなくなる可能性があります.
 DVI,CD-I,CD-ROMは,将来的には共存するでしょう。すべてが同じ分野をねらう必要もないわけですから、例えば,DVIにはCD-Iのようにオーディオに関して選択の余地が少ない。必然的に,それぞれの分野も違ったものになるでしょう.
*5 GE/RCAのDVI (Digital Video Interactive):GE/RCAが今年3月のCDROMコンファレンス(Microsoft社主催)で発表したCD-ROMの動画システム.1枚のCD-ROMに音声付きのフルモーションビデオ(1時間分)を記録/再生 できる。試作段階では320×200ドットの解像度で再生可能になっており,製品段階では、最大768×512ドットで記録/再生を可能にする予定。カラー表示は ピクセル毎に1600万色が選択できる. CDを利用した動画再生システムには, この他にCDVがある.
ゲイリー・キルドールは共存すると思っていたが、DVI,CD-I,CD-ROM結局DVDに収斂した。彼でも予想はできなかった。35年前はアイデアだけがあって技術がないというか、こういうものが欲しいという要望があってもそれを実現できる製品を作る技術が無かった時代だった。
CD-ROMの検索システムはエキスパートシステムで
Q:以前,Microsoft Press社の「Programmer's at Work」という本の中で,エキスパートシステムは究極的なインターフェイスになるであろう,というようなことを言っておられたと思いますが,何かエキスパートシステムを取り入れたプロジェクトを進めているのですか?
G:潜在的にかなり大きな情報ソースを取り扱うとなると,エキスパートシステムは,データベースの検索にかなり有効です。エキスパートシステムを“人工知能”だと言う人もいるようですが,私はそれほどおおげさなものである必要はないと思います.エキスパートシステムも徐々にアルゴリズム風になっていくと思いますよ。
 長期的に見ると,エキスパートシステムは、ロケートナビゲータのような情報検索の手段と結合されていくような気がします。
 例えば,10個ぐらい質問をしたとします.ところが,それではヒットしなかった,あるいは,探しているものまでは,絞りきれなかった.こうした時に,それ以前にした質問の内容が,最終的にサーチを助けるための材料になると思うのです.エキスパートシステムみたいなもの-が,それらの情報を使えば,もっと的の絞られたサーチをするための手助けになるのではないでしょうか。
 さらに時間がたって、また同じエキスパートシステムに質問をするとします。その時,システムは、何があなたの必要とするもので,どういう検索法が適しているのか,すでに知っています.また最初からやり直す必要はないのです.そして,数万件の情報の中から,もっとも必要とされる情報を探すことができます.このようなエキスパートシステムを,今,作ろうとしています.まだR&Dの段階ですが,実際にやっているところです.もっと常套的なやり方でね.
 まだ発表はしていませんが,今あるものとしては,ちょっと前に述べたExpert Viewがその1つです。そのためにわれわれは,データを作成する前に,データベスの内部結合を分析しているところです.中の項目同士が,どのくらいの強さで関連しているのかということをね.それによって,後で情報を検索する場合に,質問した項目にどれがもっとも強く関連していくかとか,どれがもっとも関連が薄いかとかを一目で調べることができるようになります.先ほど言ったExpert Viewは,その種の最初のステップだと考えています。
まだ、インターネットが無かった時代。大容量のデータをクラウドに置くなんてできないから各自ローカルにデータを置くしかなかった。CD-ROMで配布するしかなかったろう。ハードディスクは高価だったからCD-ROMのデータをHDDに置くなんて贅沢なことはできず、CD-ROMドライブにディスクを入れ替えして使っていた。
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コンピュータで今後注目されるのは知識,コミュニケーションそしてグラフィックス
Q:最後に,今後10年間でどのような変化があるとお考えですか?どのような点に関心を持っていますか?
G:まず最初に,“知識”(knowledge)というものが,ライセンスされたり,それ自身売り物になってきています.ある種の“知識"は、オンラインのデータベースの方向に進んでいますが,別の“知識”は,まったく新しい,ちょうどCDIやDVIのようなメディアで提供されようとしています。明らかに,何か大きな変化が起ころうとしていますね.
 例えば,今までのパーソナルコンピュータのソフトウェアのことを考えると,データベースやスプレッドシートやワードプロセッサなどは非常に小さな一部にしかすぎなくなっていくでしょう。多くの人が“知識”を利用するようになると,誰もが簡単に使える“知識”というものが,かなり普及してくると思います。まず,それが第1点です.
 その次の大きな方向は,コミュニケーションです.コミュニケーションは,完全に普及しているとは言えません.重要なのは,音声とデータを結合したコミュニケーションです.しかし今後は,もっと変化に富んだサービスが供給されるようになるでしょう.個人的な情報の伝達から,各種サービスとしての情報まで,いろいろな情報がネットワークを通して,より一般的にアクセスされようとしています.今日の電話網は,もっと洗練されたものになるでしょう.
 第3は、グラフィックスです。われわれの業界では、ごく最近になってキャラクタベースのアプリケーションから,高解像度のピクセルベースのアプリケーションへと変化しつつあります.WIMPと呼ばれるインターフェイス,つまりWindow,Icon,Mouse,Pull down menuということですが,そういった方向に確実に進もうとしています。
 現在,われわれは,レーザープリンタやスキャナなど、かなりの機器を持っています.これらは,すべてグラフィックスの一部です.今後は,こうした機器の需要が飛躍的に増大していくでしょう.グラフィックスベースのシステムは,中心的なコンピュータ文化を形成すると思います.
 以上の3点が,特に注目しているところです。
今後10年というと1997年になるわけだが、Windows95とインターネットの普及がされたころだ。変化の大体のところはゲイリー・キルドールの考えの通りだった。
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HyperCard(月刊ASCII 1987年11月号12) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

HyperCardという別次元のソフトをMacなら使えると、やっぱ98とは違うと35年前思った。しかし、そのソフトは今や無い。一体どういうわけだ。このころのものは、ハードウェアだけではなくソフトウエアも無くなっていった。死屍累々という感じだ。
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記事のあおり部分をスクラップする。
 米国Apple社は,Macintosh(以下,Macと記述)ファミリー用の次世代環境ソフトとして,「HyperCard」を発表した.9月以降に出荷されるMacファミリーには標準で添付され,現行ユーザーは49ドルで購入できる.アップル・ジャパンは,漢字Talk上で動作する日本語バージョンを,来年1月に発表する予定だ.
 標準添付ということからも分かるように,HyperCardは,ビジュアル・シェルであるFinderの上位に位置する“準OS+開発環境+動作環境”としてとらえることができる.同社のScully会長が,「今後5年以上にわたって,わが社の基幹となる戦略ソフト」と表現したHyperCardは、単なるカード型データベースではない。テキストやグラフィックス,音声,動画など、すべてのデータを,あたかも同一フォーマットのファイルとして扱えるようなメタファイルの概念を最大限に追究した,まったく新しいタイプのソフトだ.Macが4年間にわたって蓄積してきた膨大な資産であるメタファイルを,すべて利用しようという壮大な計画の第一歩が始まったのである.
 HyperCardは,これまでのパーソナルコンピュータ用ソフトには見られない,いくつかの革新的な環境をユーザーに提供する.最も大きな特徴は,Smalltalkのような徹底したオブジェクト指向の環境を基本にしている点だ.
 本誌では,リリース前のHyperCard(Ver1.0b8)を入手したので,今月と来月の2回にわたって,その全貌をレポートする。
35年前Macには凄いソフトが付いているということだけは分かったが、PC-9801シリーズを使っているようなユーザーには無縁だと思っていた。そうだ、この当時私は不本意ながら皆と環境を共有するために8086系CPUに転んだのだった。それもPC-9801VX2という最新機種としては僅か8か月しかもたなかった外れマシンを買ったことが悔やまれて呪いながら98を使っていた。買ったときはまだDisk Basicでプログラムを作っている人たちもいたがOSを使わないで何が楽しいのだろうかとMS-DOSの下Turbo Pascalでプログラミングしながら思っていた。高価なマシンを複数買えるだけの金が欲しかった。
What's HyperCard?ソフトの概観
 HyperCard(図1を参照)は、容量800Kbytesの3.5インチFDD3枚(約2.3Mbytes)で構成される非常に大規模なソフトだ内訳は, (1) 約370Kbytesの本体,中核を形成するのはオブジェクト指向のインタープリタ型言語「HyperTalk」と,MacPaint型描画ツール, (2) HyperCard上で動作する「Stack」と呼ばれる基本アプリケーション群(約370Kbytes), (3) Stackで使うデータを集めた「Ideas」(約850Kbytes), (4) Stack形式のヘルプファイル(約810Kbytes)――などである.
 動作環境は,MacPlus以上のファミリーマシンと,3.5インチFDD2台の構成が基本になる.しかしApple社では、理想的な構成として,これに2Mbytes以上のメインメモリと,20MbytesHDD,マルチタスクOS「MultiFinder」の追加を勧めている.
 Stack形式になったイントロダクションを見ると,HyperCardは,プログラミング言語であると同時に,Finderに代わるビジュアル・シェルとして位置付けられていることが分かる。つまり,HyperCardを使ってアプリケーションを作ったり,他のソフトをラウンチできる機能があるわけだ(図2を参照).HyperCardで作られたアプリケーションは,必ずしもカード型のデータベースとは限らない、既存のほとんどのアプリケーションが,HyperCard上で実現できる.もちろん,アプリケーションはHyperCardの本体上で動作する.

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開発者は天才Bill Atkinson

 HyperCardの開発者は,4年前に発表されるや一大センセーショナルを巻き起こし,お絵描きソフトのスタンダードとまで言われた「MacPaint」の作者,Bill Atkinsonである.
 彼は,Macのスクリーンに表示される物すべてにかかわっている描画ルーチン「QuickDraw」の作者としても有名だ.Macの発表以来,彼の動向は深い霧に包まれていたのだが,3年という歳月をかけてHyperCardをコツコツと開発していたのだ。
 HyperCardの開発には,他にも多くの人間がかかわっている.例えば,プログラミング言語「HyperTalk」はDanWinkler,基本デザインは「Switcher」や「Survant」の作者として名高いAndy Hertzfeldが,それぞれ担当している.
米国のソフトにはこうした作者の名前が出てくる。しかも、「天才」とか言われる人たちだ。35年前リアルタイムで天才たちの登場を知ったのが楽しかった。
HyperCardの仕組み

1.HyperCardの基本はカード
 HyperCardの基本になるのは,その名が示すように1枚のカードだ。このカードが何枚か集まって、1つのStackを形成する.そして,情報はStackという単位でディスクに記録される.言い換えれば,HyperCardが直接的に扱えるファイルは,Stackだけということになる(図3を参照).
 Stackに格納されるカードは、同じような外観を持っている。つまり,同一のフォーマットで記録されたカードをまとめて、1つのStackが生まれることになる(図4を参照).そして,Stackに格納されたカードの間で,フォーマットなどの情報が共有される.
 1枚のカードには,グラフィックスとテキスト(音声や動画も可能)を混在させることができる(図5を参照).カードのサイズは,Macの画面と同一で(MacIIでは画面中央に同一サイズで表示される),グラフィックスは,カードの範囲内であれば、どこにでも描くことができる.ペイントツールは、プルダウンメニュー中に用意されている(図6を参照).
 グラフィックスとして文字を描くことも可能だが,テキストは,基本的には別扱いになっている.カードに文字を書くためには,あらかじめ「Field」と呼ばれる枠を設定しておく.このFieldの大きさや文字のサイズ,フォントは自由に選ぶことができる(図7を参照).また,Fieldは,スクロールバーを設定できる機能も持っている.このため、1枚のカードに表示しきれないテキストも,スクロールさせて見られる.つまり,テキストの情報量は,Fieldの範囲に限定されないのである。

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2.ButtonがHeyperCardのカギ
 カード上にはもう1つ、重要なパーツである「Button」(図8を参照)がある.Buttonによって,HyperCardは,単なるカード型データベースでは考えられない,様々な機能を実現する.
 Buttonは,カード上のあらゆる場所にいくつでも置くことができる.その形状やサイズ,他のパーツとの重なり方なども,ペイントツールを使って自由に設定できる(図9を参照).
 Buttonをマウスでクリックすると,そのButtonに定義されている機能が直ちに起動される.機能の定義は,後述の「HyperTalk」と呼ばれる言語によって記述される.この言語を使えば,ユーザ-が,ペイントツールを使って描いたButtonに,新たな機能を定義することも可能だ。
 Buttonは,あらかじめ「ButtonIdeas」として,各種の機能が,各種のサイズでHyperCardに登録されている.Buttonに定義されている機能の中で,最も頻繁に使用されるのは,表示中のカードから,別のカードに移動するという機能だ.移動先のカードは、元のカードと同じStack中にあっても、別のStack中にあってもよい。つまり,異なるファイルのデータ間でリンクが取れるわけだ(図10を参照).リンクは,HyperCardが扱うすべてのカード間で実行できる.これによって,HyperCardのデータは階層的、組織的に管理される.

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3.添付されているカードとStack
 既存のカード型データベースとの違いを明確にする意味で,添付されているカードやStackを見てみよう.
 HyperCardを起動すると,「Home Card」と呼ばれる特殊なStackがオープンされる(図11を参照).Home Cardは,HyperCardのFinderに当たるビジュアル・シェルである.カード上に並んでいるアイコンが,前述の「Button」である.これらのButtonには,対応するStackを呼び出す機能が定義されている.Stackは,このButtonをクリックするだけで呼び出せる.また,ここに登録されていないStackも,Fileメニューの「Open Stack...」によって呼び出せる.もちろん,カード上に新たなButtonを登録して,それに任意のスタックを呼び出すような定義を加えることも可能になっている.
 Home Cardの中から,「Calendar」のStackを選んでみよう。カード上のマウスポインタは,通常手の形をしている(図12を参照).これを,特に「Browse Tool」という.このポインタで,Calendarのアイコンを1度だけクリックすると,半年分が1枚のカードになったカレンダ-が開く(図13を参照).
 カードの上の方に並んでいるアイコンは,Buttonである.右端にある家の形をしたButtonは,Home Cardの初期画面に戻る定義がされている.その他のButtonは,Home Cardにあったものと同じで,それぞれのStackを呼び出すように定義されている.
 現行のFinderでは,1つのアプリケ-ションやファイルには、必ず1種類のアイコンが割り当てられている.しかし,HyperCardでは同一のStackに対しても,カードごとに異なるアイコンが設定できる.ここにあるアイコンは,Home Cardにあったものとは大きさやデザインが多少異なっているが,機能はまったく同じである.
 カレンダーの中身は、単なる数字の羅列のように見える.しかし,ここにも仕掛けが隠されている.カレンダーの日付の部分もButtonになっているのだ任意の日付をクリックしてみると,その日付を含む週の週間カレンダーのStackがオープンされる(図14を参照).この週間カレンダーでは,各日付の罫線が描かれている部分に,ユーザーがメモ(テキスト)を記入できるようになっている。これは,この部分に前述のFieldが設定されているからだ。
 この他にも,Stackのサンプルとして,アドレス帳や備忘録などが用意されている(図15を参照).

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Help Stackが最上の教材

 HyperCardにあらかじめ登録されているStackの中で、もっとも秀逸なのが,Help(図16を参照)だ.このHelpのカードを,マウスでパラパラとクリックしていけば,HyperCardの全貌を一通り理解できるようになっている.
 Help Stackは,プログラマが新たなカードやStackをデザインする際の,貴重なサンプルになっている.一通りカードをめくって見たあと,カードに配置されているButtonの定義を引っ張り出して調べると,HyperTalkのプログラムの方法が分かるようになっている。現時点では,正式なマニュアルがないため,筆者自身もHyperCardに関する情報のほとんどは,このHelpから得ている.
 Helpも,それ自体が階層的な構造になっている(図17を参照).このStackは、インデックス付きカードで構成されている.インデックスのタグの部分がButtonになっているため,それをクリックすると目的のカードがすぐに引き出せる.また,自分がどこにいるのか分からなくなったら,図17のMapを開けばよい.*印のあるStackが,その時のポジションを表している.また,これらのStackを表しているアイコンもButtonになっているため,ここをクリックすることによって目的のStackにジャンプすることが可能だ。
 このHelpは、いわゆる「オンラインマニュアル」なのだが,秀逸な点は,これを見ていけばユーザーが実際にHyperCardの様々な機能を試し体得できるということだ.Help自体が,HyperCardとして機能しているために,興味をひく機能の解説に出会ったら,それがどうやって実現されているのか,直接的に見ることができる。

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オブジェクト指向言語 HyperTalk

 HyperCardの中核を形成しているHyperTalkは,オブジェクト指向で,自然言語に近い文法を持ったプログラミング言語だ。
 オブジェクト指向と言えば,すぐに思い出すのはSmalltalkだが,いろいろな面でHyperTalk(というよりもHyperCard)は,Smalltalkに影響を受けている.例えば,前述のように,実際に動作しているもののソースがすぐに参照できる点などは,Smalltalkそのものだ。
 HyperTalkは,本格的に解説しようとすると,連載記事が組めるほどの内容になってしまう.そこで今回は、ほんのさわり程度,トピックス的な事柄だけを紹介することにする.詳しい解説は次号に掲載する予定だ.

1.Scriptを見る
 HyperCardでは、HyperTalkで書かれたプログラムをScriptと呼ぶ.手初めに,Home Cardに登録されているButton定義のScriptを見てみよう.ここでは「Address」のStackを呼び出すButtonを調べてみよう.このScriptは非常に単純で,全部で4行しかない(図18を参照).
 Scriptid,11TD(on mouseUp)と4行目(end mouseUp)でくくられた形をしている.これらは,Buttonの上でマウスがクリックされたことを示すシステムからのメッセージ「mouse Up」に対する応答の仕方を記述している部分だ
 これは「メッセージ・ハンドラ」と呼ばれ,Smalltalkのメソッドに相当するものだ。ここでは、メッセージ「mouseUp」に対応するハンドラが用意されているから,メッセージはButtonによって処理される.もし,このメッセージに対するハンドラが用意されていない時は、メッセージは1つ上のレベル,つまりButtonが載っているカードのScriptに渡される.もし,そこにもハンドラがなかったら,次はそのカードのBackGround(後述)のScriptへ,そこにもない場合はStackへ,その次はHome Stackへ,最後にこれらのいずれにも定義されていない時は,HyperCard自身へと渡される.これは,SmallTalkのインヘリタンス(継承)の機能と同じものである.
 元に戻って,このカードのScriptの内容を見てみよう.2行目の「visual effect zoom open」はこのカードから目的のカードへと画面を更新する際のワイプパターンを定義している.「zoom open」がワイプパターンの種類を表し,これはFinderでウィンドウをオープンする時のように,アイコンから長方形が放射状に広がるパターンである.この他にも,「wipe left/right/up/down」「scroll left/right/up/down」などが用意されている.これに加えて,「slowly」などの副詞を付けて,例えば,「visual effect checkerboard slowly」などと書くこともできる.b  次に,3行目の「goto stack "Address"」によって、文字どおり「Address」という名のStackに飛ぶことになる.これで,一連の処理は終了する.b  この他に,特徴的な例として,「Play」コマンドを挙げておこう.このコマンドは,「Boing」と「Harpsichord」という音を,テンポ,音階を指定して演奏させることができる(図19を参照).標準では,この2種類の音しか用意されていないが,ユーザーがサンプリングした音のリソースを付け加えることによって,別の音色も使用できる.実際の効果をお見せできないのは残念だが,画面のワイプパターンや効果音に,ここまで凝っていることだけでも驚きである.
 もう少し複雑な例を見てみよう(図20を参照).これは週間予定表(Weekly)を開くButtonのScriptである.内容は割愛するが,これによって,その時点の日付を含む週の予定表を,一発で開くことができるようになっている.

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2.アプリケーション・ラウンチャーとしての機能
 HyperTalkは,この他にも実に豊富な機能を持っている.例えば,HyperCardから他のアプリケーションを起動するようなこともできる.そのために,「Open」コマンドが用意されている.
 具体的には,MacPaintを起動したい時は,Open MacPaintというコマンドを実行するだけでいい.さらに,「Open“PaintFile" With MacPaint」とすれば,PaintFileというファイル名のMacPaintドキュメントがオープンできる.この機能を使用すれば,少なくともMiniFinder程度の機能を持ったカードが簡単にデザインできる.

ユーザーレベルとメニュー
 HyperCardは,ユーザーの技術レベルによって,使用可能なメニューバーの機能を制限している.設定されている技術レベルは,(1) Browsing, (2) Typing, (3) Painting, (4) Authoring, (5) Scripting――という5レベルである.これによって,初心者が,不用意にカードの内容やScriptを書き換えてしまい,本来の機能を壊せないようなレベル分けが可能になっている。
 ユーザーレベルは,Home Stack中のカード「User Preferences」によって設定できる(図21を参照).Browsingレベルでは,既存のカードに書かれた情報を見ることしかできない.Typingレベルでは,Fieldに文字を書き込んだり,編集することが許される.Paintingレベルでは、ペイントツールによってグラフィックスの編集までが許される.Authoringレベルでは,Scriptの変更以外がすべて可能となる.そして,Scriptingレベルでは,HyperCardが提供するすべての機能が使用可能になる.これらのレベルを適宜に選択することによって、メニューバーに表示されるメニューの数も変化する(図22を参照).

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共通フォーマットを作るには
 これまで見てきた機能だけを使っただけでも,何らかのカードやStackがデザインできる.しかし,本格的なアプリケ-ションを作るには,HyperTalkに精通する必要がある.今回はHyperTalkの概観に終始したので,ここではオリジナルなカードを作るための予備知識を紹介しておこう。
 Stack中のカードは、フォーマットなどの情報を共有すると前述した.この場合のフォーマットとは、カードの罫線とか,カードそのものの形状を指す.そして,あるStack中のすべてのカードに共通の情報(フォーマット)を記憶しているのが「Back Ground」である.Back Groundの編集は,EditメニューからBack Groundの項目を選択することによって可能になる.Back Groundにも通常のカードと同様に,グラフィックス,Field,Buttonを設定することができる(図23を参照).
 また,Buttonに定義された機能で,最も多く用いられるのは,他のカードやStackを呼び出す機能だが,このリンクの作成は非常に簡単だ他にリンクするためのButtonを作るには,まずToolsメニューからButtonを選ぶ.この状態で、次にObjectsメニューから「New Button」を選ぶすると,カード上に新たなButtonが現れる.ここで,このButtonをダブルクリックすると,飛び先を決定するダイアログが開く(図24を参照).この状態で目的のカードを開き,このダイアログの「This Stack」あるいは「This Card」ボタンを押せば、リンクは完了する.これで,元のカード上のButtonのScriptが自動的に記述される.リンク先をStackに指定すると,そのStackの先頭カードに飛ぶことになる.一方,リンク先をカードに指定しておけば,あるStackの特定のカードに飛ぶことができる。
 カードやStackをデザインする場合,ゼロから自分で作る必要はない。カードやButtonは、テキストやグラフィックスと同様に,カット/ペーストが可能になっている.このため、既存のStackから,自分の目的に合ったカードやButtonをコピーしてきて,組み合わせたりするだけで新しいデザインが可能になる.また,こうした目的で,StackIdeaやButton Ideaなどのサンプル集が用意されている(図25を参照).

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この頃は、オブジェクト指向なんて知らなかった。C++でプログラムを作りだしてやっと知りえた知識だった。PC-9801を使っている自体、何年も遅れているということを今更ながら確認した。

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AXパソコン(月刊ASCII 1987年11月号11)緊急レポ [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

EXPRESS特別企画の最新機種緊急レポートの最後はAXパソコンだった。
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AXは規格なのか

 AX仕様を発表したのは,14社からなる「日本語AT検討会」という団体であったが,発表にともない,AX協議会設立に向けて「AX協議会準備委員会」となった.AXとは,この委員会の提唱する日本語化AT互換機の総称である.
 マイクロソフト古川社長のインタビューでも明らかになるが,AXは,規格としてお互いに監視しあうのではなく,米国市場のような自然発生的な統一を狙っている.このため,検定を受け,それにパスしたのちにマークを付けることのできる,世間でいう「規格」とは性格を異にする.
 参加団体は,流通,販売,アプリケーション,周辺,ハードウェア製造と顔ぶれは多彩だが,今後の動向いかんによっては参加企業がふえることもありうる.また、直接ハードウェアを製造していなくても,AT互換メインボードにAXで採用されている日本語表示を行うためのJEGAカードを組み合わせて製品を作ることも可能なので,流通,販売企業が,独自のマシンを販売することも考えられる.
 AXに参加しているハードウェアメーカーとしては,三洋電機のほか,シャープ,三菱電機,アイ電子測器,ミノルタカメラなどがあるが,三洋電機はすでにAX仕様のマシンを発表しており,この他にも年末から来春にかけて製品発表を行うメーカーが出てくるだろう.
残念ながらAXパソコンは市場では負けてしまった。何年か先のDOS/VパソコンでAXの精神が引き継がれていった。
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MBC-17J。最初に紹介されたAXパソコンが三洋電機というのがこのAXパソコンの立ち位置(業界の空気とか雰囲気とか)がわかるような気がする。
AXパソコンとはどんなパソコンだったかスクラップして思い出す。
AX仕様の実体

 ハードウェア面からいえばAXは基本的には,ATの表示関係に変更を加えたものであるといえる.その他の違いのほとんどはOS側やキートップの刻印などのソフトウェア的なものである.そこでAX仕様の話をする前に,その前提となるIBMPC/AT(以下ATと呼ぶ)の概略を説明することにする。
 標準的なATは,CPUにクロック8MHzの80286を使い,メモリはメイン基板上に512Kbytesである.表示回路,ディスクインターフェイスなどはすべて拡張カードになっていて,スロットを使って接続し,CPU基板とは独立した形になっている.基本的にIBMの下位機種であるIBM PCそしてXTとハードウェア,BIOSともに互換性を持っている.
 表示カードは、IBMがサポートするもので3種程度,さらにサードパーティが提供するものを含めると5~6種類ほどある.それぞれが,解像度,カラー/モノクロなどの違いがあり,下は640×200から1024×1024までの開きがある.このなかで最もポピュラーなものは,CGA(Color Graphics Adapter)と呼ばれるものだったが,グラフィックス解像度が640×200のモノクロとなっており,最近はその上のクラスにあたるEGA(Enhanced Graphics Adapter,グラフィックス解像度は640×350で16色カラー)が急速に普及している.
 このような複数の表示基板に対応するため,市販ソフトウェアのほとんどがBIOSを使って表示を行うか,その種別を判断して表示ルーチンを切り換えるなどの構成になっており,最悪の場合でもインストールプログラムを使うことで,自分の機械のハードウェア構成にソフトウェアを合わせることができるのが普通である。
 EGAは,640×350のグラフィックス表示,または80文字×25行のテキスト表示が可能で,さらに下位のCGA互換モードを含む10の表示モードがある.しかし,グラフィックスとテキストを同時に表示すること(スーパーインポーズ)はできない.カラーは16色だが,パレット機能を使い64色から選ぶことができ,水平走査周波数21.85kHzのディスプレイを使用する.
 VRAMは最小64Kbytes,最大256Kbytesまで増設可能であり,最大限に増設した場合には,640×350で16色表示のグラフィックス画面が2ページ使用可能.ハードウェアによる描画機能などはなく,描画はすべてCPUが行う.
 外部記憶としては、5インチ2HDが主流である.AT用のディスクインターフェイスは,フロッピーとハードディスクをサポートするものとなっており,ハードディスクの増設,あるいはフロッピーのみのモデルにハードディスクを内蔵することも簡単に行える.
 以上の解説は、IBMのATについてであるが,アメリカでは,コンパチマシンが数多く出ており,独自の構成になっているものもあるが,ほとんどが,IBMのものとハードウェアレベルでの互換性を保っている。
 AXとは,このATの表示カードをEGA相当のJEGAに変更し,カタカナや漢字キーなどの刻印のあるキーボードを使用したシステムである.このため,IBM PC用のDOSを使ってたちあげると,AX仕様のマシンは、完全なATコンパチマシンとなり,海外の市販ソフトウェアをそのまま実行することができる.なお,AX用のDOSを使った場合には,日本語処理機能が加わるが,ここでも文字コードやその表示などで若干の制限はあるものの,基本的なハードウェアはATのものそのままである。
AXパソコンの元となったIBMのATの解説だったが、読み返すと懐かしく思い出した。結局IBM AT互換機は買わなかった。分析機器にIBM AT互換機がついていたが、PC-9801と比べると画面がチープで文字がチープで使っていて不愉快だった。もっときれいにしないのか。アメリカ人はこんな字でいいと思っていたのか。これでは金を払ったかいがないだろうというような機械だった。
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そんな IBM AT を日本語化する工夫が記事にあった。
AX日本語化のしくみ

 AXの日本語化の中心にあるのは,JEGAと呼ばれるLSIを中核とした表示カードである.これに,BIOS拡張部分やDOSの日本語対応,そして日本語入力FPなどの部分を加えることで,国産マシン同等の日本語処理が行えるようになるわけである.
 JEGAの最大の特徴は,ソフトウェアで2バイトコードの処理を行うことなく,JEGAがハードウェア的に漢字表示を行う点にある.
 国産マシン,たとえばPC-9801シリーズなどでは,文字コードをVRAMのテキストエリアに書き込むと同時に,漢字であることをしめすアトリビュートを設定するといった方式を取っている.つまり表示回路自体は,コード自体で1バイト,2バイトコードの区別をしておらず,アトリビュートでその表示の仕方を決定しているわけである.この方式では,ソフトウェアが2バイトコードと1バイトコードを区別する必要があり,通常はBIOSやOSの文字出力ルーチンでこれを行っている.
 これに対して,JEGAは,CPUの書き込んだ文字コードが2バイトコードかどうかを判断し,漢字とANK文字を混在して表示を行う.このためソフトウェアは,表示ルーチンの中で2バイトコードの処理を行う必要はなく,処理が高速化されるほか,2バイトコードを想定していないソフトウェアでも,漢字を表示させることができる.また,カーソルもその場所のコードにより,半角,全角カーソルと形状が切り換わるようになっている.
 グラフィックス解像度は,最大640×480ドット16色(64色中)となっている.このため,ディスプレイの水平周波数は,31.5kHzのものが必要となる.
 このJEGAによって,アメリカ製のソフトウェアでも漢字表示が可能となるが,2バイトを1文字として扱う機能や,画面の右端における表示などはソフトウェアで行わなければならないことや,8bit目を特殊な用途に使っているソフトウェアもあるので,それらが完全に日本語化されるわけではない.
 なお,このJEGAは,ATのEGAと完全に同等な英語モードと日本語の表示を行う日本語モードの2つのモードを持っており,リセット時には英語モードとなっている.その後,後述のBIOS拡張部分が組み込まれることで,日本語モードとなる.
こういったところが日本人凄いなと思う。新たに凄い規格を作るのではなく、制限された規格のなか何とかしようとする工夫が日本人が得意だった。
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JEGAの表示機能

 JEGAは,単に漢字の表示を行えるだけでなく,アトリビュートにより各種の文字表現が可能である.たとえば,横倍角,縦倍角などの指定を行うことができ,ちょうどワープロ専用機のように画面上でそれらの文字を見ることができるようになる.いままでのパーソナルコンピュータでは、倍角文字の表示は,グラフィックスプレーンに描画を行うことでし行えず,ワープロソフトなどでは矢印などを付加して倍角文字をあらわすこともあった.JEGAでは,このほかに半角文字フォントを2種類持ち,切り換えて表示するなどの機能を持っているため,イタリック体の表示なども行うことが可能となる(表2)。
そうだった。なまじTEXT VRAMを持ったから、ワープロソフトを使っていると倍角文字が表現できない。35年前は見出し、タイトル等の文字の大きさを変えて表現するには倍角文字を使うのが一般的だった。1ページ当たりの行数を変えずに文字の強調ができるのがというかせざるを得なかった。

RAM上に拡張されるBIOS

 通常ATでは,BIOSレベルで画面の出カルーチンが用意されている(表3).このBIOSは拡張が容易な構造になっているので,アプリケーションはBIOSを介して出力を行うように設計しておけば,解像度や仕様の違う表示カードにも対応できるようになる.AXでは,このBIOS部分は,ROM上のものとRAM上のものの2つにわかれる.なお,ATのBIOSはCGAに対応したBIOSとなっており,通常EGAボードにはBIOS拡張のためのROMが載っている.
 AXのROM上にあるBIOSは、ATと完全に互換性のあるもので、AT用のOSを使って起動しても正常に動作するようになっている.しかし,このROMBIOSだけでは日本語表示を行うことはできない.BIOSを日本語処理可能なように拡張するのが,RAM上に組み込まれる部分である.これは,DOS起動時などに“CONFIG.SYS"ファイルなどで組み込まれるもので,BIOSとのインターフェイスを行うINTベクタを書き換え,日本語を扱うル-チンを追加する.
 ATのBIOSは,INTコールによって各種の機能を実行するようになっているため,BIOSの機能拡張を行ってもアプリケーションソフトに変更を加える必要はなく,特殊なハードウェアの場合でもBIOS拡張プログラムを添付することで市販のソフトウェアに対応している.
 AXも同様で,日本語モードの文字出力の場合では,2バイトコードの上位バイト,下位バイトを連続してBIOSの1文字出力ルーチンで出力するだけで,漢字の表示が行える.
 このほか,BIOS上で日本語対応が必要になる部分としては,初期設定関係のルーチンのほか、キーボード,プリンタなどのルーチンがある.AXでは,そのキーボード,プリンタをともに仕様として決めており,AX仕様マシン同士で同じプリンタを共有することも可能である.
 プリンタBIOSには,シフトJISとJISコードへの変換ルーチンがあるが,これはDOSのデバイスドライバから日本語依存部分をなくすためである.コード変換部分では,バイナリデータを保護するためにエスケープシーケンスの解釈を行う必要がある.AXは,プリンタの仕様が決まっているので,この作業をハードウェアを直接操作するBIOS部分に持つことができ,デバイスドライバの負担を軽くし,また,独自のドライバを持つ米国製ソフトウェアにも対応できることになる.
当時はRAMの価格が高かったのでユーザーが使えるフリーエリアを減らすようなものは好まれなかった。だから、これは成功したのかな?まあ、AXパソコンは売れなかったので関係ないか。
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拡張ボードの共有も可能

 ATには,ハードウェア拡張用のスロットがあり,これを使って,RAMカードや各種のインターフェイスボードを接続する.AXは,これと同じスロットを持っており,AT用に設計されたボードを使用することができる.
 現在,日本では,拡張メモリのコンパチボード等が特定機種を対象に出ている程度で,拡張ボード自体の市場はそれほど大きなものではない.しかも,メーカ-の仕様変更に大きな影響を受け,市場としては不安定な部分が大きい.
 米国では,かなりの数のボードが市販されており,ソフトウェアと同じように多数のサードパーティが参入している.中には,純正品と違う仕様のものを作り,それが標準的なものになっている場合もある.例えば,Intel,Microsoft,そしてLotusが協議して決定した拡張メモリの仕様や,Harcurysのグラフィック・カードがそれである.このほか80386や他の32bitCPUの載ったボードなどもあり,旧機種でもこれらを使って最新のマシンと同等の処理速度を得ることができる.今後AXの普及によっては,日本でも各種のボードが流通することも考えられる.
記事中に「も考えられる」とあるが、このように表現されたことは実現されたことがほとんどない。筆者の願望がこのような表現になるのだろう。現在でも製品紹介記事があったとき「も考えられる」と書かれていたら要注意だ。こうして、過去から学ぶことができるのがこのスクラップ作業の効果か。


AX用MS-DOS

 AX用としては,各社共通のMS-DOSが用意されるが,MS-DOSの供給形態がハードウェアメーカーを通してのみとなっているので,AXの場合も,各ハードメーカーが自社マシン用にMS-DOSを販売することになる.そのため,日本語入力FPの選択や付加ユーティリティなどは各メーカーの判断になる.しかし,表示ハードウェア,キーボード,プリンタなどが仕様として定められているので,特殊なハードウェアを利用するソフトウェアでないかぎり,アプリケーションの共有は可能である.また,デバイスドライバ等のハードウェアを操作するプログラムに関しても共有が可能だろう.
 さらに,MS-DOSに各メーカーが添付する外部コマンド,ユーティリティについても,その仕様が統一される.たとえば,プリンタやRS-232Cの設定を行うコマンドやFORMATコマンドのオプション指定などは、各メーカーに任せられているが,この部分も共通のハードウェアを前提にするので,オプション指定の方法や操作などが共通となる.
 このような操作は,あくまでも非本質的な作業であるが,日本の現状では,各ーカーごとにその操作が違っており,ーザーが混乱したり,機種が変わると覚えなおす必要があるなどの問題が起こっている.これに対し,AXでは,このような些細な点についても統一され,1つの機種で覚えたことが他のAXマシンでも通用する.また,外字ファイルやその登録方法も統一され,一部のワープロが行っているように外字を独自に管理する必要がなくなる.あるいは,外字フォントを共用できるという利点もある.
 先の話になるが,今後,IBMPC用として登場する先進的なソフトウェアをATコンパチマシンとしていちはやく動かし,評価することができるという利点をAXは持っている.いままでの状況から考えると,日本のマシン用になるまでに1~2年かかり、手元のマシンで動くまでに長い間またされたことを考えると,このメリットは大きい.
最後まで微妙な表現が散見される。「各メーカーの判断になる」、「可能である」、「可能だろう」、「利点もある」、「メリットは大きい」。だが、結局DOS/Vのように売れなかったわけだから成功したとは言えない。まあ、80286とか80386ではこのような統一規格はPC-9801には勝てなかったということだ。
 
インタビューが2件あった。まずは、日本マイクロソフトの古川社長
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 ――まず,AX仕様というものが出てきた背景について,まとめ役としてお話をうかがいたいのですが…….
 米国では、IBMPCによる標準化は動かしようのない事実ですが,もっと別の観点からみて,ヨーロッパやアジアなどの米国以外の国々でも、PCの互換機のビジネスというものが成り立っています.非英語圏,たとえばスウェーデンなどでは,スウェーデン語用のワードプロセッサがあり,互換機の上で自国語を使いつつ英語の文化に触れている,そしておそらくは,Quick CやTURBO Cなどの最新のソフトウェアも使っているはずです.最新のものを使いながら,その国の文化を大切にしている,あるいは逆に,その国で生まれた文化を互換機を通して,世界に送り出しているのです.
 これに対して日本は,たしかにハードウェアを世界に送り出して、貢献していますが,日本で生まれたテクノロジーを世界に通用させるといった方向では遅れを取っているのではないでしょうか.たしかに日本の文化とか,商慣習などを考えると独自に歩まざるを得ませんが,それと同時にそれが世界に通用する方向でないと非常にまずいわけですよね.
 非英語圏の国でも技術の話,コンピュータの話をする時,技術者はみんな英語を使って話をします。自国の言葉を大切にしているが,言葉が違う場合には英語を使っているわけです.つまり,英語を共通のインターフェイスとしているわけですね。IBMPCのアーキテクチャというのは,これと同じで世界共通のインターフェイスとなっているのではないでしょうか.-アメリカ人はパーソナルコンピュータを買って何年目で後悔するか?という話なんですが、日本だと新しいマシンが出てきて,あっというまに時代遅れになってしまうということもあり,買う時に躊躇してしまうこともあります。個人で買うのもそうですが,企業でも古い機械は,有効に活用されていないというのが現状ではないでしょうか?
 かたやアメリカでは,最初のIBM PCを買った人がまだ使い続けている場合もあるのです。たしかに速度は遅いかもしれません.しかし,最新のソフトウェアを動かすことはできます.これで満足できなければ,キーボードやフロッピーを取り替える,あるいは80386ボードを使うというように最新のマシンと同等になるようにグレードアップをはかることができます.そして,もう残っているのはオリジナルのケースだけになっているかもしれませんが,少なくともパーソナルコンピュータを買ったということに対して後悔はしていないでしょう.
 ――次に,AX仕様はどう運営されていくかということについてですが……
 まだ,AX仕様の運営の仕方を決定してはいません.まあ,AXのマーク,ロゴを決めようという話はあります.
 ひとつ言えることは,マークが付くことで新たな制限事項が起こってはならないということです。マークがあって,一定のクオリティが保証される反面,価格が規制されたり,将来の発展性がなくなったりしてはなりません.だから,もし統一のマークができたとしても,ウールマークやドルビーのマークのような感じになるでしょう。
 仕様についても意図的に細かい所まで決めてしまって、制限をつけるよりも,ここまでは,ハードウェア,ここまではソフトウェアと切り口を決めておき,その実現方法は問わないというのがAXの基本方針です。
 現在のATの状態というものは,規約や規格とよべるものではなく,大変ルーズな状態である反面,フレキシブルで新しいものが出しやすく,市場でお互いに啓蒙しあって進歩していくという形になっているのです.今回のAXの発表に関して,CPUは16bitなのか32bitなのか,という話がありますが,同じソフトウェアが共有できればそれでよく,こだわらないからこそ,さらにその次の可能性も持っているのです。
 また,台湾や韓国製の安価なマシンが登場し、市場が荒れるといった指摘については,「同じ環境を提供するなら,選択の自由は大きいほうがいい」と考えています.たとえばCDプレーヤーは,みんな同じソフトウェアが使えますが,価格はさまざまです。安いものが出てきたからといって、高価なものがなくなってしまうわけではない。その用途に応じた選択の幅が広くなっているわけです.逆に安価なものが登場することで市場そのものが広がる可能性もあります.
 アメリカの場合を見てみれば,80386を使った高価なものから,非常に安価なものまでがありますが,安いものがあるからといって、高いものがまったく売れていないわけではありません.AXは,ユーザーのマシン選択のダイナミックレンジを広くするものであるといえるでしょう.
このような統一規格にからんでくるのがASCII出身者だ。古川社長のインタビューではAXについてふんわりとした発言しか取り出せなかったようだ。まあ、「現在のATの状態というものは,規約や規格とよべるものではなく,大変ルーズな状態である反面,フレキシブルで新しいものが出しやすく,市場でお互いに啓蒙しあって進歩していくという形になっているのです.」と言っているから、AXもそれにならっているのか。最後の「AXは,ユーザーのマシン選択のダイナミックレンジを広くするものであるといえるでしょう.」も何を言っているのか分からない。結局AXとはなんだったんだ。

インタビューの2件目はジャストシステムの浮川社長。
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 ――まず,どのような立場で,なぜ参加しているのかという点についてお聞きしたいのですが……
 立場としていえば,私たちはアプリケーションソフトウェアをAXの上で展開する,ソフトウェアハウスとしてです.
 なぜ参加したか,というと,話は簡単なんですが,アメリカのソフトウェアを使い,同時にそのコンピュータで日本語を使いたいからです.
 アメリカから,英語で「IBMPC用の一太郎はないか」という手紙をもらったこともあります。IBM PCの上で動かすにはどうしたらいいかを考えたこともありました.そんなときに,ヒューレットパッカードからVectraの話があり,その次には東芝のJ-3100ですね.アメリカで発売されているT3100を見たとき,あれだけ大きかったATが,コンパクトになっていて,こんな機械で日本語が使えればと思いました。そしてJ-3100の話があったので,すぐそれに応じたのです。
 このようにIBM PCで日本語を使えるAT互換機に関わっているうちに,ある日マイクロソフトの古川氏から「実は……」と誘われたのが,AXだったのです.
 ――AXをどのように考えていらっしゃるのですか?
 わたしどもはソフトウェアハウスですので、輸出用のマシンと同じ技術でできるなどといった点ではなく、純粋にATコンパチ,PCのソフトウェアが動く機械で日本語が使えるのはいいことだ,と思っています.J-3100やVectraのように個別にAT互換機の仕事をしたぐらいですから,共通仕様ということについては歓迎しています。積極的に推していきたいですね.
 ――AX用の製品としてはどのようなものを計画されていますか?
 まずは、ワープロ,一太郎です.記者発表の会場でも動かしましたが,データショウでも一太郎Ver.3のデモをしました.当然花子も計画しています.
 ソフトウェア的には,一太郎は,花子の機能をすべて包含しているので,一太郎が動くということは花子も動いているということです.つまり,花子のチェックが終わらないと,一太郎も出荷できないのです.ただ,マニュアルなどの問題があるのですが,ソフトウェア的には一太郎が移植できた時には花子も完成しています.
 ――AXは,日本のソフトウェアハウスにとって海外との接点になりえるでしょうか?
 ソフトウェアエンジニアのそばにAXのようなマシンがあると,勉強になりますよね。いままでのオフコン的なソフトウェアから脱したソフトウェアができるかもしれません.そこに日本語対応部分を除けばATと同じなのですから海外に通用するソフトウェア作りを,やってみる人が増えるかもしれません.
 私は,基本的に何かをするときに可能性が大きいほうがいいと思っています.私がいちばん思うのは,コンピュータというのは「汎用品」,色付けされていないものなんです。そのためにソフトウェアがあるわけです.ソフトウェアを入れ換えて使うというのがコンピュータの大前提なのです。その上で文化を作っていくならば,可能性の大きい方へひろがるべきでしょうね。
 私たちの基本方針は,非常に単純なんです.たとえば,かな漢字変換部分を分離したり,文書とアトリビュートを分離してみんなで使う部分と,そうでない部分はきっちり分けることで,可能性は大きくなるわけです.
 ――ジャストシステムでは,やはり海外のソフトウェアなどを研究していらっしゃいますか?
 そうですねよく見ています。もちろん私たちは,ソフトウェア開発の仕事をしているからですが,海外のソフトウェアを見たいと思う人は多いと思いますよ。
 海外のソフトウェアの研究というのは要は,捉え方です。日本のビジネス環境とか,世界の中での日本という位置づけをどのように自分たちのプロダクツへ入れていけるかどうかですね。
 日本だけが単独でよくなるはずはなく,アメリカでよいものができれば,それをすぐ取り込めるような構造にしておく必要があります.また,新しいものがやってくるのはアメリカからだけとも限りません.どこで何が出てくるかは,まったく予想できませんが,何かが起こっているときに日本だけが関係ないままでは困ります。全世界の大きな流れがあるときに,全然別の流れにいたのではだめです。
 パーソナルコンピュータというものが,そのうちにアメリカだけ,あるいは日本だけの「国では支えきれなくなってしまう時期がくるでしょう。ましてや,「つのハードウェアメーカーがなんとかできるものでもなくなるでしょう。IBMでも,多くのソフトウェアハウスとか,莫大なユーザーの意見とか,その資産とによって動かされているのです.だからこのPC互換機の世界というのは,ものすごく大きな広がりをもった世界なのです.
浮川社長のインタビューも大したことを引き出していない。これもなんかふんわりとしたインタビューだった。結果を知っているから思うことだけどこんなふんわりとしたものは成功しないということだ。確固としたものがないからふんわりとした物言いしかできなかったということか。

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